月夜見 
残夏のころ」その後 編

    “夏の難儀な忘れもの”


バイト先の産直スーパー“レッドクリフ”は、
ここいらでは知らない人はないってくらいに有名になりつつある店で。
安全で新鮮な商品をお届け致しますというのだけが、
店側の謳うキャッチフレーズのはずなのだが、
配送無料、無いものは出来うる限りお取り寄せ、
役所へ許可なくの車輛送迎はご法度なので、
せめて終業後の店員が徒歩でお家までをお付き合い…などなどと。
気取らない心くばりやアットホームな空気が、
そりゃあ良心的な店だとして可愛がられたその結果。
気がつきゃ全国展開している大手さんよりも、
来客数、売り上げ ともに上をゆき、
特に用事は無くとも連日お越しという格好の、
ありがたい常連さんたちも たんとおいでなお店…なのはいいとして。

 「てぇ〜いっ、ちっとも終わらねぇじゃねぇかっ!」

店員たちは大きく分けて3種いて、
事業所へ本雇いされてる“社員”と、
奥様お母さんが主な、非常勤のパートさん。
それからそれから、
学生さんが長期休暇にお越しの臨時勤務員、
つまりはバイトさんであり。
大雑把に言えば、
同じところに勤めちゃいるが、仕事の内容も似通っちゃいるが、
採用のされ方が違うため、
資格や権限、責任分担や何やが微妙に異なり、
その結果、保障や昇給のシステムや、お休みの取り方などなどという、
ちょっとしたところに差異がある。
とはいえ、厳密な線引きがあるということもないようで。
例えば 商品の仕入れは、
部門によっちゃあパートのおばさんの方が勘がよかったりもするし、
はたまた、
何人もの予報士を抱えたお天気の会社より正確な降水予報を叩き出せる、
相談役のご隠居という強い味方もいるものだから、
適材適所が基本のお店。
だからこそ実績が伸びたとも言える一方で、

 「ったくよっ。
  シャンクスのやろ、
  月末は宿題に集中せにゃならんだろからとか言いながらよ。」

そう。
青果コーナーの人気者、元気溌剌お天道さん坊やのバイトくんを、
身内だというのをいいことに、
当初の約束はお盆までという契約だったの、
あまりの酷暑から配達依頼が激増したのとの連動、
勝手に期日を引き伸ばしての、ぎりぎりまで付き合わせたもんだから。
結果として、売り上げも好調だったし、
勿論のこと、バイト料も弾んでくれはしたものの、

 『なに、数学や物理の問題集はベンが手伝うし、
  英語ならヤソップが意外にも得意だ。』

だから大船に乗った気で…なぞと
安心させた言いようには確かに嘘はなかったものの、

 「ベンは達筆すぎて写し直さにゃバレバレだし、
  ヤソップの翻訳は、
  ところどころがカタカナ過ぎて意味ねぇし〜〜〜っ。」

どちらも大人が手掛けたもんだから、
ベンに任せた問題集は 漢字も数字も流麗すぎ、
結果として大量の“書き写し”をこなさにゃならぬ。
ヤソップおじさんの和訳の方も、
大人なればこそ当たり前のこととして知ってる言い回しだからか、
原語のまんまなところが多く、
そこを字引で調べ直す手間が面倒だとあって。
憤懣とも悲鳴ともつかぬ雄叫びを、
時折 上げておいでのルフィ坊ちゃんだったりし。
それでもまま、放り出さないだけマシかと、
母上も口出しはしないまま、
食事どきにも出て来れないほど忙しい息子さんのため、
3度3度の食事をわざわざ運んで差し上げるという
優しさを見せていたところまではよかったが、

 「お邪魔します。」
 「………え? なんで何んでなんで?////////」

お客様があったのを、坊やへ声もかけずにお通ししたもんだから、
赤くなったり青くなったりしている息子から、
あとで少々恨まれるかも知れませぬ。
というのも、

 「いやな…じゃね。
  いえ、店に行ったらレイリーさんのトコへ行けって言われたんっすよ。
  秋のお彼岸の打ち合わせとかかなって思って行ったら、
  これを此処へ…先輩ンとこへ持ってけと言われまして。」

出だしでついつい普通の言い回しを仕掛かったのを訂正し、
短く刈られた髪した青年が、どうぞと差し出したそれは。
ご丁寧にも“陣中見舞い”と
達筆の墨にて書かれた熨斗つきの化粧箱で、

 「あ、銀嶺庵の串だんごだvv」

三色のと草餅のとみたらしとを10本ずつ。
こしあんも別包装にしたのを付けてという、
お店でも此処まで至れり尽くせりなのは
わざわざ指定して言わないとないセットであり。

 「今頃宿題と格闘中だろうから、
  甘いものもほしかろうって伝言つきっす。」

 「うあ、嬉しいなぁ〜vv」

レイリーのおっちゃんトコのは どれもおいしーんだのに、
ウチは親戚含めて酒飲みが多いから、
土産でも滅多にありつけねくてと。
ふわふかな頬を両手で押さえての挟み込むほど、
嬉しい嬉しいと感に入ってくださった小さな先輩の喜びようへ、

 「そ、そうっすか?」

ホントにこいつ、俺と同じ高校生だろかと。
胸の内にてそんな感慨、
ついつい転がしてしまったゾロくんであっても、
そこはしょうがないところ。
甘いものが好きな男子も そりゃあいるだろうから、
そこのところは さておくとして。
大好物を指摘され、しかも家族でもない者の前と来て、
このくらいの年頃の男子ならば、
一応のカッコつけとして、関心なさそうに振る舞うもんじゃなかろうか。
(それを世間じゃ“中二病”とか言うそうですが。いや“高二病”だったかな?)

 「ゾロも食うよな? 母ちゃん、皿とおしぼりっ!」
 「あ、いやその…。」

意外な展開へ、そこは遠慮した方がと及び腰になったところが、

 「ん? ゾロは甘いの苦手か?」
 「いや、食う方ですっけど…。」

じゃあ食えと、そりゃあ朗らかにも にっぱーっと笑う屈託の無さよ。
楽しいなと細められ たわめられた目許といい、
表情豊かに にいと左右の頬へ思い切り引っ張られた口許といい、

 「〜〜〜〜〜っ。/////////」

……うあ しまった、忘れてたと。
これでも、十代の剣道界じゃあ敵無しという剣豪殿が、
胸元を押さえまでして危機感を覚えてしまってる。
この子の天然の陽気さ加減が半端ない現れか、
にゃは〜っと笑われると落ち着けなくなる。
そうかと言って、

 「ああ〜〜っ、それにしてもこの数式写しは骨だよなっ。」

ある意味、威張れぬ立場のくせに、
それでもの大威張りで、困った困ったとお顔をしかめられてしまうと、

 「あ・えと、俺も手伝えたら……。」

日頃の自分を知ってる者が見りゃ、びっくりするかのけ反って笑うかも。
このぶっきらぼうが、自分から手を貸そうかなんて歩み寄るなんて、
天変地異の前触れ扱いされてるところだったりし。
一瞬、え?と口許がほころびかかったルフィ先輩だったが、

 「あ〜、でもなぁ。ゾロも結構 字がきれいだし。」
 「は?」

えと、いやあのっ、
こないだ集荷帳の整理も手伝わされてだなっ。
ゾロの付けてる帳面もあったから、
つか…青菜とレタスは
俺も知ってる○○さんトコのが回されたんで、だなっ、と。
何でだか、いきなりしどろもどろになってしまい、
真っ赤になっての髪をもしゃもしゃまさぐる態度が、
何とも幼くて……こっちのあたふたを ほっこりで緩めてもくれて。

  「ああ、そうそう。
   師匠…レイリーさんから預かって来たもんがあって。」
  「にゃんだ?」(←お団子 頬張り中。)
  「古文は『枕草子』か『源氏物語』から自由選択の感想文と聞いたって。
   なんで、枕草子を翻訳した文庫を貸すからって。」

差し出された薄い本、
うう〜んと複雑そうに目元を眇めて見やったのは、
結局、文章のほうは自分で書かにゃあならないからだろう。
せいぜい不貞腐れている彼だのに、
串だんごを頬張りながらというのが、
頬ぶくろをヒマワリの種でふくらませたハムスターみたいで。

 “………やば。///////”

実は可愛いものもまんざら嫌いじゃあないらしい嗜好が
どんどんと明らかになってく自分なのが、
どっかで怖いような気がしてならぬ剣豪さんだったらしく。
とはいえ、

 “ウチの女どもの何倍も可愛いんじゃ しゃあねぇょな。//////”

道場通いも姉や従姉妹の影響という順番な剣豪さんとしては。
通ってる女子校にファンクラブを持つほど凛々しい姉や、
全国大会でやっとのこと
勝ちをもぎ取れるようになった従姉妹にはまず見られなかろう、
こういう稚くも愛らしい“可愛さ”に免疫が無さ過ぎたこともあり。
怒っても不貞腐れても可愛い存在っているんだなぁと、
選りにも選って、男の子の先輩に見つけちゃったのが困ったところ。
まだまだ仕舞われぬまんまの風鈴が、
ちょっぴり涼しい風を受け、
アルミサッシの窓の軒、ちりりんと揺れた昼下がり。



  もしかせずとも大きに脈ありなようですよ、ルフィさん、と。
  にっこり微笑って思っちゃった人、
  せんせえは怒んないから 手を挙げて。
(大笑)






   〜Fine〜  2011.09.06.


  *やっと通り過ぎた台風の余燼か。
   昨夜は久し振り、窓を開けてると寒いくらいの涼しい晩でした。
   秋ですねぇ。
   だってのに、まだ夏を引きずってる誰かさんです。
   ところで、最近の高校生の宿題ってどんななんだろか?
   PCを使う情報整理とか、
   ケータイ使ってのリサーチとかもあるのかな?
   このお話のゾロさんは、
   実年齢はルフィより上ですが、学年は下なんで、
   学校の授業が土台の宿題は、あんまり手伝ってはやれないのでした。

   「それでなくとも数学とか苦手そうだしな。」
   「放っとけよっ。////////」
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